家庭学習の分配比率が一番低かった国語を、ここのところ集中的に取り組んでいます。ほぼ毎日、ボクと。
国語の指導経験なんてせいぜい学生時代の家庭教師くらいしかありませんから、方法論をブツのは逆効果という自覚は彼女が低学年の頃からあります。それは塾にお任せすべきと。
じゃあボクの出番は何か。
ひとつはたくさん問題を解かせること。そして解きっぱなしにさせないこと。解説をふたりで熟読し、自分の解答と何が違うのか、どこが減点対象になるだろうか、どう読めば良かったのか。それをちゃんと追及するってことです。
もうひとつは文章の内容理解の確認。論説文にせよ小説にせよ、あなた本当にこの一文を理解しているのかい?という突っ込み。語句の意味もしっかり疎かにせず、読んだ気にさせない。もちろん、ボクの能力の範囲内で問題文に補足すべき概念や知識も話します。
『国語の成績は上げにくい』
これは大学受験でもよく言われるテーマですが、プロではないボクでも分かることがあります。それは、問題文が読み取れなければ解けるわけがない、ってことです。
当たり前じゃーん、です。まず語彙。そして主題に関する知識。
環境問題なり宗教問題なり恋愛問題なり、御大層な文章で論じられるような『問題』、とりわけ中学受験で出題されるような『問題』なんて、とうの昔に語り尽くされてきたいわば手垢びっしりの頻出事項に過ぎません。「またその話~?」てなもんです。それが受験生にとって難しいのは、彼らがその手垢に馴染んでいないから。
だから、読書にしてもテレビにしても漫画にしても、基本情報のインプット量の多い子どもは有利になる。当たり前じゃーん、です。
もちろん、ただ読書してもダメ。情報のインプットが伴わないのであれば、それは単なる情報の消費に過ぎませんから。
*
これから本格的な受験生になる上で、ボクと国語の読解演習なんぞに時間を費やしていていいのか、という自問は当然あります。特に娘は別に国語が苦手なわけではなく、一般的な尺度であれば相当優秀な方だと思うのですが、それでも国語に労力を傾ける意味はあるのか。
やはり、今こそが国語の学び時だと強く感じるんです。これは中学受験うんぬんではなく、一人の少女の知性の発達段階において、今が一番の"タイミング"と感じます。それくらい成長してきたということです。
国語の指導経験なんてせいぜい学生時代の家庭教師くらいしかありませんから、方法論をブツのは逆効果という自覚は彼女が低学年の頃からあります。それは塾にお任せすべきと。
じゃあボクの出番は何か。
ひとつはたくさん問題を解かせること。そして解きっぱなしにさせないこと。解説をふたりで熟読し、自分の解答と何が違うのか、どこが減点対象になるだろうか、どう読めば良かったのか。それをちゃんと追及するってことです。
もうひとつは文章の内容理解の確認。論説文にせよ小説にせよ、あなた本当にこの一文を理解しているのかい?という突っ込み。語句の意味もしっかり疎かにせず、読んだ気にさせない。もちろん、ボクの能力の範囲内で問題文に補足すべき概念や知識も話します。
『国語の成績は上げにくい』
これは大学受験でもよく言われるテーマですが、プロではないボクでも分かることがあります。それは、問題文が読み取れなければ解けるわけがない、ってことです。
当たり前じゃーん、です。まず語彙。そして主題に関する知識。
環境問題なり宗教問題なり恋愛問題なり、御大層な文章で論じられるような『問題』、とりわけ中学受験で出題されるような『問題』なんて、とうの昔に語り尽くされてきたいわば手垢びっしりの頻出事項に過ぎません。「またその話~?」てなもんです。それが受験生にとって難しいのは、彼らがその手垢に馴染んでいないから。
だから、読書にしてもテレビにしても漫画にしても、基本情報のインプット量の多い子どもは有利になる。当たり前じゃーん、です。
もちろん、ただ読書してもダメ。情報のインプットが伴わないのであれば、それは単なる情報の消費に過ぎませんから。
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これから本格的な受験生になる上で、ボクと国語の読解演習なんぞに時間を費やしていていいのか、という自問は当然あります。特に娘は別に国語が苦手なわけではなく、一般的な尺度であれば相当優秀な方だと思うのですが、それでも国語に労力を傾ける意味はあるのか。
やはり、今こそが国語の学び時だと強く感じるんです。これは中学受験うんぬんではなく、一人の少女の知性の発達段階において、今が一番の"タイミング"と感じます。それくらい成長してきたということです。
大和撫子養成所【父塾】
A3サイズ対応の複合機が中学受験に必須であるかのように方々で喧伝されていますが、本当でしょうか。
我が家でもブラザー複合機の他、ドキュメントスキャナーまで購入してスタンバイしていましたが、これまで全く必要を感じませんでした。特に複合機はデカくて重いので邪魔でしょうがない!
確かに、いずれ使用する過去問のコピーには有用でしょう。でもそれは"いずれ"の話。それに業務用コピー機の方が遥かに速く綺麗にコピー出来るので、ボクは職場のコピー機を使わせてもらう予定でいます。量にもよりますがコンビニ利用でもいいかもですね。
過去問以外だと皆さん何をコピーしているのかな。
SAPIXのテキストにしても娘はノートに解答していますし、問題部分に直接書き込んだ文字や図なんぞは消しゴムであっという間に消せますから、繰り返し解きたい問題があってもいちいち手間暇かけてコピーを取るメリットが見いだせません。
ただでさえボリュームの多いSAPIXの教材。コピーで増殖させるとますます整理が大変そうです。
複合機、買ってはみたものの活路なし。
低中学年の親御さんで、複合機の購入を迷っておられる方がいらっしゃいましたら、このような事例もあるということを参考にしてください。
我が家でもブラザー複合機の他、ドキュメントスキャナーまで購入してスタンバイしていましたが、これまで全く必要を感じませんでした。特に複合機はデカくて重いので邪魔でしょうがない!
確かに、いずれ使用する過去問のコピーには有用でしょう。でもそれは"いずれ"の話。それに業務用コピー機の方が遥かに速く綺麗にコピー出来るので、ボクは職場のコピー機を使わせてもらう予定でいます。量にもよりますがコンビニ利用でもいいかもですね。
過去問以外だと皆さん何をコピーしているのかな。
SAPIXのテキストにしても娘はノートに解答していますし、問題部分に直接書き込んだ文字や図なんぞは消しゴムであっという間に消せますから、繰り返し解きたい問題があってもいちいち手間暇かけてコピーを取るメリットが見いだせません。
ただでさえボリュームの多いSAPIXの教材。コピーで増殖させるとますます整理が大変そうです。
複合機、買ってはみたものの活路なし。
低中学年の親御さんで、複合機の購入を迷っておられる方がいらっしゃいましたら、このような事例もあるということを参考にしてください。
大和撫子養成所【父塾】
マンスリーが迫る中、ボクがしてやれるのは漢字のチェック、そして社会の習熟度の確認くらい。
社会は、授業の直後にテキストの読み合わせを一緒に行っています。その際に青いチェックペンで重要事項をマークして、それを後日の学習に活かして貰うのですが…。
うちの自称"歴女"、詰めが甘い。
今まであんなに伝えてきたし、痛い目にもあってきたはずなのに、「これは出ない気がする」「さすがに出ないっしょー」などと言って完璧を目指さない。
そりゃあ、ボクは中学受験はよく知りませんし、ましてや社会なんて門外漢もいいところですが、教科書で太字になっていたり、『主要な~』として紹介されている語句は覚えて然るべきではないのか。
例えば、遺跡は吉野ヶ里や岩宿のような超有名どころは当然として、荒神谷遺跡や加茂岩倉遺跡だって『主要な遺跡』としてテキストに提示されているわけです。テストに出ないと信じる根拠はなにか。
『三世一身法』を『三世一身の法』と書くのはやはり不正解として扱われるのではないか。『厩』の字は様々な字体があるようだが、テキストの字体で覚えるべきではないのか。
純友の乱の年号は、確かに覚えなくてもいいのかも知れないけれど(父ちゃんも知らなかった)、教科書に書いてあるのに「これは覚える必要がない」と言い切るのは危険ではなかろうか。せめて歴史の流れの中、例えば律令国家の衰退と武士の興りの中で起こるべくして起こった事件と知っていれば、正確な年号は分からなくても、だいたい平安時代の中期以降であることに思い至るべきであって、「うーん、700年代?」などと答えるようではいかんのではないか。
とまあ、何となく「歴史は得意だから」と油断していそうな娘に気合いを入れ直してもらったのでした。
頑張れい!
社会は、授業の直後にテキストの読み合わせを一緒に行っています。その際に青いチェックペンで重要事項をマークして、それを後日の学習に活かして貰うのですが…。
うちの自称"歴女"、詰めが甘い。
今まであんなに伝えてきたし、痛い目にもあってきたはずなのに、「これは出ない気がする」「さすがに出ないっしょー」などと言って完璧を目指さない。
そりゃあ、ボクは中学受験はよく知りませんし、ましてや社会なんて門外漢もいいところですが、教科書で太字になっていたり、『主要な~』として紹介されている語句は覚えて然るべきではないのか。
例えば、遺跡は吉野ヶ里や岩宿のような超有名どころは当然として、荒神谷遺跡や加茂岩倉遺跡だって『主要な遺跡』としてテキストに提示されているわけです。テストに出ないと信じる根拠はなにか。
『三世一身法』を『三世一身の法』と書くのはやはり不正解として扱われるのではないか。『厩』の字は様々な字体があるようだが、テキストの字体で覚えるべきではないのか。
純友の乱の年号は、確かに覚えなくてもいいのかも知れないけれど(父ちゃんも知らなかった)、教科書に書いてあるのに「これは覚える必要がない」と言い切るのは危険ではなかろうか。せめて歴史の流れの中、例えば律令国家の衰退と武士の興りの中で起こるべくして起こった事件と知っていれば、正確な年号は分からなくても、だいたい平安時代の中期以降であることに思い至るべきであって、「うーん、700年代?」などと答えるようではいかんのではないか。
とまあ、何となく「歴史は得意だから」と油断していそうな娘に気合いを入れ直してもらったのでした。
頑張れい!
大和撫子養成所【父塾】
娘には『Google先生』を最後の手段とさせています。
家にある辞書や資料集、図鑑をまず探る。ボクや妻も総出で探してそれでも見付からないときは『先生』に頼ります。が、無駄な遠回りをしているとは思いません。調べるという行為は尊いものなんです。
例えば、最近の例だと『フェーン現象』。山を駆け上がり駆け降りてきた風の気温が上がる、というアレです。ボクの問いは『なんで山を駆け上がる前より駆け降りてきた空気の方が暖かいの?』です。
ある図鑑には、単純に事実(降りてきた空気の方が暖かい)しか書かれていません。ブリタニカには『乾燥断熱減率』だの『湿潤断熱減率』だのと解説が難しく、芋づる式に調べても娘の頭はパンクします。またある図鑑には『空気は高度が100m上がると0.5℃下がり、100m下がると1℃上がるから』という、やはり現象しか書かれない。家中の図鑑・図説をひっくり返してようやく『凝縮熱』に言及した解説を見付けました。そう、キーワードは『水蒸気』、そして『凝縮熱』なんですよね。
これが、Wikipediaだと大変分かりやすく解説されています。しかも、スマホを手に取ってものの数秒でアクセス出来る。
娘は以前はよく「Google先生に聞いて!」と依頼してきましたが、SAPIXの社会科の先生が「Wikipediaは嘘ばっかり、あんなのを見てちゃダメだぞ」とおっしゃったのが大層印象に残ったらしく、ボクがWikipediaを見ているとフフンと笑ってきます。ボクはもう千以上の項目を編集してきたWikipedianなんですけどね…。
まあ、娘がGoogle先生に頼るのは、もうちょい後で良いかなと思うのでした。
家にある辞書や資料集、図鑑をまず探る。ボクや妻も総出で探してそれでも見付からないときは『先生』に頼ります。が、無駄な遠回りをしているとは思いません。調べるという行為は尊いものなんです。
例えば、最近の例だと『フェーン現象』。山を駆け上がり駆け降りてきた風の気温が上がる、というアレです。ボクの問いは『なんで山を駆け上がる前より駆け降りてきた空気の方が暖かいの?』です。
ある図鑑には、単純に事実(降りてきた空気の方が暖かい)しか書かれていません。ブリタニカには『乾燥断熱減率』だの『湿潤断熱減率』だのと解説が難しく、芋づる式に調べても娘の頭はパンクします。またある図鑑には『空気は高度が100m上がると0.5℃下がり、100m下がると1℃上がるから』という、やはり現象しか書かれない。家中の図鑑・図説をひっくり返してようやく『凝縮熱』に言及した解説を見付けました。そう、キーワードは『水蒸気』、そして『凝縮熱』なんですよね。
これが、Wikipediaだと大変分かりやすく解説されています。しかも、スマホを手に取ってものの数秒でアクセス出来る。
娘は以前はよく「Google先生に聞いて!」と依頼してきましたが、SAPIXの社会科の先生が「Wikipediaは嘘ばっかり、あんなのを見てちゃダメだぞ」とおっしゃったのが大層印象に残ったらしく、ボクがWikipediaを見ているとフフンと笑ってきます。ボクはもう千以上の項目を編集してきたWikipedianなんですけどね…。
まあ、娘がGoogle先生に頼るのは、もうちょい後で良いかなと思うのでした。
大和撫子養成所【父塾】
赤ん坊を育てたことのある方にとって、初期の語彙習得における天才的な能力は特に印象に残るものだと思います。
でも、実は、語彙習得の適齢期は幼児期ではありません。
少なくとも語彙力が飛躍的に伸びるのは義務教育期間、つまり小中学校時代であって、特に10歳から14歳の伸び率が最も高くなり、その後やや緩やかになって18歳頃にプラトーに達します。
つまり、語彙力の伸びはロジスティック曲線(S字カーブ)に類似した挙動となり、傾きが最も急になるのが中学受験前後の『今』、ということになります。
世の中には語彙力を高めるための中受参考書が多くあり、いずれも『10歳までに…』『小四までに…』といった謳い文句が溢れているので、低学年のうちから気合いを入れているご家庭もあるでしょうが、その努力は費用対効果をよく考えた方が良さそうですし、思うように習得出来なくても焦らなくて良さそうです。
実際、低学年の児童に無理に背伸びさせて形而上のコトバ、概念を覚えさせることは、数の概念もままならない2歳児に九九の歌を歌わせて喜んでいるのと余り変わらないのではないか。
もちろん適齢期には個人差もありますし、ボクが述べたS字カーブは各年齢の集団内から例えば学力や経済力の偏りを排除した一般論なので、中学受験生だけの集団にそのまま当てはめてよいかは注意が必要です。
でも、娘とSAPIXの国語Aのテキストを教材に辞書遊びをしていて感じるのですが、娘の場合は確かに『今』だなと。『今』が過去一番の伸び時だなと。
そしてもうひとつ感じます。娘は語彙を、ボクとの会話や辞書遊びから主に得ているのでは"ない"。テレビや映画でも"ない"。そして学校や塾でも"ない"。
それでは、何か。
やはり、読書です。彼女は気の向くままに読書していますが、数年前に読んだ小説だったり、伝記だったり、新しく買ってきた小説、ボクの勧めた本、或いは弟妹の絵本という風に、毎日いろんな本に触れています。これが一番効いていると感じます。
もちろん本を読むだけでは言葉を誤ってイメージ、記憶してしまうことがしばしばあります。その為、定期的に辞書で遊ぶのが大切だと思います。
でも、実は、語彙習得の適齢期は幼児期ではありません。
少なくとも語彙力が飛躍的に伸びるのは義務教育期間、つまり小中学校時代であって、特に10歳から14歳の伸び率が最も高くなり、その後やや緩やかになって18歳頃にプラトーに達します。
つまり、語彙力の伸びはロジスティック曲線(S字カーブ)に類似した挙動となり、傾きが最も急になるのが中学受験前後の『今』、ということになります。
世の中には語彙力を高めるための中受参考書が多くあり、いずれも『10歳までに…』『小四までに…』といった謳い文句が溢れているので、低学年のうちから気合いを入れているご家庭もあるでしょうが、その努力は費用対効果をよく考えた方が良さそうですし、思うように習得出来なくても焦らなくて良さそうです。
実際、低学年の児童に無理に背伸びさせて形而上のコトバ、概念を覚えさせることは、数の概念もままならない2歳児に九九の歌を歌わせて喜んでいるのと余り変わらないのではないか。
もちろん適齢期には個人差もありますし、ボクが述べたS字カーブは各年齢の集団内から例えば学力や経済力の偏りを排除した一般論なので、中学受験生だけの集団にそのまま当てはめてよいかは注意が必要です。
でも、娘とSAPIXの国語Aのテキストを教材に辞書遊びをしていて感じるのですが、娘の場合は確かに『今』だなと。『今』が過去一番の伸び時だなと。
そしてもうひとつ感じます。娘は語彙を、ボクとの会話や辞書遊びから主に得ているのでは"ない"。テレビや映画でも"ない"。そして学校や塾でも"ない"。
それでは、何か。
やはり、読書です。彼女は気の向くままに読書していますが、数年前に読んだ小説だったり、伝記だったり、新しく買ってきた小説、ボクの勧めた本、或いは弟妹の絵本という風に、毎日いろんな本に触れています。これが一番効いていると感じます。
もちろん本を読むだけでは言葉を誤ってイメージ、記憶してしまうことがしばしばあります。その為、定期的に辞書で遊ぶのが大切だと思います。