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■読書

2018.03.22(14:23) 20

ボクは、いわゆる乳幼児の英才教育や右脳教育には懐疑的な立場です。
科学的根拠に乏しいくせに親の焦燥感を煽り、法外な金銭を要求する。そういう商売とは出来れば距離をおきたいところ。

とはいえ、『絵本の読み聞かせ』にだけは絶大な信頼と期待を寄せてきました。

長女が乳児の頃、近所に公文のベテラン先生が無料の教室を開いて下さっており、まだハイハイも出来ない時期から毎日何十冊も絵本を読み聞かせするようアドバイスを頂きました。乳児にどのように読み聞かせすればいいか分からない妻に、具体的な方法も指導して下さったそうです。

(最近調べますと「ベビー公文」というのがあるんですね。もちろんこれは有料ですが、我が家が通っていたのはそれとは異なり、ベテラン公文指導者の篤志による慈善活動と聞いた覚えがあります。)

それまで「絵本の読み聞かせは大事」と信じていても、1日に5冊、頑張って10冊も読めば十分と思っていたボクたちには大変な驚きでした。妻はその先生のご指示の元、毎日何十冊も、多い日には六十冊以上も読み聞かせをしてくれました。「いつ何を読んだか」を記録したメモ帳は膨大な厚みになり、のべ1万冊を超え、3歳になる頃には記録する習慣も途絶えてしまいましたが、手元に残った記録はまさに妻の努力の証です。

ボクの転勤とともにその教室への通塾はお終いになりましたが、絵本の読み聞かせだけはせっせと続けました。ちょうど転勤の頃、東日本大震災という痛ましい出来事もあり、外出も控えざるを得ない状況が続きましたので、絵本は娘にとって文字通り友達になりました。とにかく「読んで!読んで!」と要求し、夜の寝言も夜泣きも「絵本読んで…」でした。

当然と言えば当然ですが、娘の言語能力の発達はめざましいものがありました。2歳前には平仮名も片仮名も、文章を文章として読めていました。5歳頃にはいわゆる児童書、例えば灰谷健次郎などの小学生向けの童話、レベルで言えば「青い鳥文庫」の小学校初級・中級は一人で読んでいました。ボクからの読み聞かせも宮澤賢治の絵本(どちらかと言えば大人向け)が主体になりました。

その後、弟妹が相次いで産まれたため、長女への読み聞かせは大幅に減ってしまい、2年生になってからはほぼゼロになってしまいました。他にやるべきことも増えたために昔ほど「本の虫」ではなくなってきましたが、「この本面白いと思うよ」なんてボクが手渡すと、あっという間に読んでしまいます。読書力は衰えませんね。

少しずつ買いためた絵本、児童書は、多いときには3000冊に迫る勢いでした。まさに引っ越し業者泣かせで、直近の引っ越しでは「アリさんマーク」が見積もりを誤り、トラック1台追加、人員3名追加して何とか無事に終了した位です。今は少し整理して、絵本は1500冊程度でしょうが、長女の文庫本はどんどん増えるばかり。2歳と0歳の弟妹が控えているため捨てるに捨てられず、狭苦しい中で過ごしております。

だらだら書きましたが、娘の国語力の原点は公文ですし、それは小学教材を終えた幼児期の公文国語2-3年間にも感謝するところはあるものの、もっとも大きな影響を受けたのは紛れもなく乳児期からの鬼のような絵本の読み聞かせだったと信じています。
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