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■うちが公文を止めたわけ その2

2018.03.24(11:17) 25

幼稚園時代、妻の希望で始めた公文。
国語、算数、少し遅れて英語。

小2の今も続けているのは英語だけです。

国語を止めたのは、公文のいう『進度』が決してその子の国語力を反映しているわけではないことに気付いたのがきっかけでした。また、文章をちゃんと読めていないことも気になりました。言葉を記号としてパズルのように当てはめて答える作業ではあっても、国語で一番大切な論理力、表現力を計るものでもなければ鍛えるものでもない。せっかく優れた文章、作品に触れているのに、ただ作業の材料として接するのみ。たった数百字の平易な文章でも、それが名作と呼ばれる一流の作品だからこそもっと大切に扱って欲しいのに、娘の精神年齢ではとてもそこまで読み込めない。もっとじっくり考えさせたい。この程度で小学教材修了とは笑わせるな!ってことです。

やはり学習の基本は『対話』なのだと改めて感じました。

公文の教材に使われている原著は大抵読ませましたので、それを紹介して貰えたのが収穫といえば収穫でした。

算数にしても同じこと。ただ四則演算を繰り返し、これで算数の面白さに気付ける子はそれだけで恵まれた才能の持ち主でしょう。それか、単なる作業に没頭するだけで勉強したと信じている、『小学生のときだけ成績のいい子』パターンか。

娘には残念ながら、算数の持って生まれた才能はないと思います。それは中学受験をしたことのないボクにも分かります。

でも、コツコツと継続し、長時間考えることを屁とも思わない忍耐力はあります。そして、出来なかった問題が出来るようになったときに本当に嬉しそうに喜ぶ素直さもあります。

こういう子に公文の算数はダメ。危うく娘を算数嫌いにさせてしまうところでした。

前回、ボクが「エビデンスに乏しい公文否定論者」だと書いたのは、まさに自分が娘と同じようなタイプだったからです。国語は教えられなくても得意、単調作業が大嫌い、数学はそこそこだが天性のモノはない。それでも難関と言われる国立医学部に入れるんです。

公文を止めて2年。自宅でボクが本気に教え始めたのが昨年11月末からの4ヶ月。

この間、ほんとにちょぼちょぼですが、市販の文章問題集を使いつつ、コンパスや分度器で遊んだり、立体図形のパズルで遊んだりしました。それで良かったと思います。

ボクが公文の国語、算数を止めさせたとき、妻は大変不安がりました。本当にそれでいいのか、後悔しないのか。

でも、ボクが教え始めてからの算数に取り組む娘の表情を見て、今では感謝してくれています。

結局、公文を人に勧めるか?というと、その子によるとしか言えません。学習習慣がない子、自宅での対話型の学習が困難な子にはひとつの選択肢でしょうが、そこまで積極的にやらせるべきか?と訊かれると、否定的に返答せざるを得ません。現実的に他に選択肢が乏しいので公文の天下は続くでしょうが、単調作業が好きな子にはそれが主目的にならなければいいなと密かに思います。

少なくとも、娘の弟妹には公文はやらせません。それが分かっただけでも収穫でした。


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