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■詩の観賞:共通認識

2019.01.05(08:40) 632

粉雪が舞う田舎の朝に梅や水仙や椿が咲いた、そういう情景をうたった三好達治の『こんこんこな雪ふる朝に』。

この詩を通じて作者は何を訴えたかったのか?それは「もうすぐ春が訪れる喜び」です。

大人にとって簡単といいますか、脊髄反射レベルで即答するようなステレオタイプな問題でも、子どもにとっては決して容易ではないのですね。

娘の答えはふたつ。

「冬に春の花が見られて嬉しい」
「寒いのに梅の花はがんばったんだな」

稚拙とはいえこれはこれで子どもらしくて微笑ましいのですが、やはり寒さ厳しい冬に春を待ちわび、春の小さな兆しを見出だして喜ぶ詩人の素直な感動を答えに盛り込んで欲しい。それがこの作品の原動力なのですから。

そのためには「冬」は寒く冷たくつらい沈黙の季節であり、「春」はそこから解放される温かで光溢れる希望の季節であるという、大人にすれば陳腐も陳腐、実に月並みな「語感」をまず知っておかなければならない。我々には『冬』=『春を待ちわびる季節』という共通認識があるわけです。大事なのは「ふつう、人はそう考えるものだ」と認識しているにすぎす、「別に皆が皆、同じ印象を抱くとは限らないし、そう感じなければならないわけでもないけどね」とも認識しているということです。平たく言えば単なる建前です。

この共通認識を、娘は学んでいかなければなりません。

これを軽視するつもりはありません。むしろ大変重要です。何故ならその共通認識を乗り越えて初めて個性が確立されうるからです。枕草子が千年も評価されたのは、『春』に桜が咲いただの散っただのという当たり前のステレオタイプを悠に脱却し、明け方の雲だけに着目し、桜の『さ』の字も使わなかった感性の意外性と共感性にあります。

さあどんどん詩を読んでいこう!
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