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■中学受験に興味の薄い先輩

2020.02.10(16:00) 839

先日、大学の先輩とばったり会ってしばしコーヒーを。

外科医の彼は、ボクと同様、中学受験を経ていません。二人のお子さんのうち、上のお子さんは新小六、SAPIXのα1に通わせているとのこと。

彼と話していて至極共感したのが、中学受験は単なる過程でしかなく、その結果には特にこだわっていないところ。

といいつつ、毎日肩を並べて勉強を教えているどころか、算数や理科のオリジナル問題を作っては与えているそうです。

彼がこだわっているのは「頭の使い方」。

ボクら中学非受験組からすると、難関中学を目指して我々の子ども達が学んでいる内容は質・量ともに驚愕に値します。高校受験なんてメじゃありません。「そりゃあ東大に受かるわけだよな」と頷き合います。「だってこの年の頃は、俺は野球しかしてないぜ?」「ボクは海で釣りしてました」

何度も書いていますが、各中学の入試問題どころか小四の娘のテキストですら、そのベクトルの向かう先は大学受験、特に東大受験です。

それなのに、例えば御三家やそれに匹敵する名門中高に籍を置く高三生の大半が東大の受験問題を解けないのは何故なのか。(これは、予備校や鉄緑会で教壇に立ったことのある身として大きな謎です)

その疑問は先輩も常々感じているそうで、「結局は頭の使い方だろ」と。

子ども時代特有の抜群の『暗記力』を背景に量で攻めるのが中学受験。知ってるか知らないかが目先の順位偏差値を左右するのが中学受験。

でも、そういう学習姿勢は本質的ではないんですよね。

うん、この話は前も書いたな…。ああ、そうそう。この記事から数回続けたものですね。興味があればお読み下さい。

二歳児が九九を言えたとして、それが本当に数列と積の概念を理解している証明とはとてもいえませんし、十歳児が『奥の細道』を読んだところで、「それで何を感じましたか?」と訊いてろくな答えが返ってこないんじゃお話にならないわけです。

中学受験はあくまでも「子どもの賢さ」のスクリーニングとして(少なくともそれ以上ないくらいに)有効ですが、誤った学習姿勢でも絨毯爆撃による詰め込みでも通過してしまうという欠点があるわけです。

それを(せめて入学後でも)矯正出来ないと…。

「それがまずいんだ」

うんうん、と頷き合ったコーヒーでした。
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