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■唱歌:花

2020.03.03(08:45) 873

好きな唱歌の音楽家を挙げよと言われれば、成田為三と瀧廉太郎は外せません。成田為三記念館まで足を伸ばしたこともあります。

さて、瀧廉太郎の合唱曲でもとりわけ光彩を放つのが『花』。作詞は武島羽衣。

春のうららの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂の雫も花と散る
眺めを何にたとふべき

「うらら」は漢字では「麗」。「うららか」=「麗か」ともに春の季語。盛春の溢れんばかりの陽光に輝く様を意味します。隅田川は荒川の支流で、神田川などと合して東京湾へ。娘は櫓漕ぎ船の経験は…ああ、長瀞と四万十川でありましたね。ただし、この詩で歌われる船はボート競技だそうです。それを知ると長閑でありながら活気に溢れた明治中頃の光景が目に浮かびます。「船人が」の「が」は連体助詞で、「~の」を意味しますが、古文に慣れないと戸惑うかも知れません。速さを競うボートのオールから飛散する水滴が桜の花弁のように散る、という比喩。『源氏物語』の「胡蝶」にある『春の日のうららにさして行く船は棹のしづくも花ぞちりける』の本歌取りのような形ですね。

見ずや曙露浴びて
我にもの言ふ桜木を
見ずや夕暮れ手をのべて
我さし招く青柳を

「見ずや」は直訳すると「(なんで)見ないのか」ですが、「ごらんよ」くらいの意味でしょう。反語ですね。「曙」は明け方、「春は曙」ですね。桜木という言い方は子どもには馴染みが薄いかも知れませんが、「花は桜木人は武士柱は檜魚は鯛小袖はもみじ花はみよしの」と一休さんも言ってます。「青柳」は瑞々しい葉をつけた柳の木ですが、黄昏時の柳を薄明の桜と対比させたセンスは素晴らしい。もちろん「曙」と「夕暮れ」の対比も『枕草子』のオマージュでしょう。余談ですけど、バカガイを寿司ネタにしたのも「青柳」であって、ボクは二番を歌うときにどうしても寿司のことを考えてしまいます。バカガイも素敵な名前を貰ったものです。

錦織りなす長堤に
暮るればのぼる朧月
げに一刻も千金の
眺めを何に喩ふべき

日が暮れてのぼる月ですからね、満月でしょう。「暮れば」の「ば」は仮定ではありません。単なる順接です。仮定なら「暮らば」。朧月はもやで霞んだ月のことで、この時期は月光が散乱されて空全体がぼんやり明るくなります。水蒸気のみならず、黄砂や花粉、そして今ならPM2.5も原因でしょう。「げに」は高知県などで今も使われる表現で「まことに」の意味。故事成語『春宵一刻直千金』は蘇軾の漢詩『春夜』の一節。

この詩にあの曲ですからねえ。百年歌い継がれるには理由がありますねえ。

これくらいの説明をして繰り返し音読させています。本当は歌ってくれれば言うことないのですが…娘はボクに歌声を聞かせてくれません。陰ではこっそり歌ってるんですけどね。
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